深く潜る練習

佐藤公彦のblog

リンツに恋して

私が好きになる街の要素に「歩道が広い」というものがある。
理由はよくわからないが、歩道が広く整備された街を歩くと「あぁ私はこの街が好きだ」と直感する。

今回休暇で訪れたオーストリアリンツ市も、とても良い歩道が整備された、非常に過ごしやすい街であった。
人口20万人ほどのこの街は、街の中心をトラム(路面電車)が貫き、メインストリートを歩けばしばしば開けた公園に遭遇する。

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 私が今回、この小さな素晴らしい街を訪れたのはArs Electronicaアルス・エレクトロニカ)というメディア・アートの祭典に参加するためであった。

Ars Electronica自体の説明は公式サイト( https://ars.electronica.art/about/jp/ )に譲りたいが、驚くべきはこの小さな街で世界最先端のアートと技術の祭典が開かれ、それが30年以上も続いて街の一部となっている点にある。

イベントの期間中はこの小さな町に10万人以上(つまり街の総人口の半数近く!)の観光客が訪れる。
街の住民はイベント期間中突如として増える外国人や街の外の人間を邪険にすることなく、街の一部として大切にし、一緒に祭りを楽しんでいるように思える。

私ははじめて訪れたこの小さな町が一気に好きになってしまった。

街を歩けばスキンヘッドタトゥーの強面お兄さんや真っ青な髪のおしゃれなおばさん、義足でジョギングに励むスポーティーなおじさんとすれ違う。
公園や広場のいたるところで若者が日光浴を楽しみ、少しずつ涼しくなる夏の終わりを謳歌している。
アルスの展示会場、セッション会場にも街の住民と思われる方が多くいらした。
子連れのお父さん、おそらくカップルと思われる中学生くらいの男女、どう見てもメディアにもアートにも縁遠そうなタンクトップ姿のおばあちゃん。
そこにはイベントを「経済振興・観光客誘致の施策」として消費する構図は感じられず、脈々と築き育まれてきた街の歴史の中に、Ars Electronicaというお祭りが根付き、街の一部となっているように感じられた。

端的に言えば、街には人々の多様性を受け入れる寛容さがあり、余裕を楽しむゆとりがあり、文化的取り組みに対する素直なリスペクトがあるように思えた。

大層な都市論を述べるだけの知見も資格も全く無いので、あくまで私の慎ましい観測範囲内での所感に過ぎないが、
私はこのリンツという街で、なぜ私が歩道の広い街が好きなのか、その理由となるある関係性に気づいたように感じた。

その関係性とはすなわち、
「歩道の幅はその街の市民活動の豊かさを表し、車道の幅はその街の経済の豊かさを表すのではないか」という関係性だ。

別の表現で言えば「"歩道の広さ"というものは、その街が"どれだけ市民を大切にしているか"の現れなのではないか」という考えだ。

ここでいう「市民活動」とは、住民の、余暇活動・文化活動・日々の人生の充足のための活動、などを想定している。

経済の血流たるところの物流は、トラックや自動車がなければその栄養を街の隅々まで届けることができない。車道が広いということはそれだけその街を流れる経済が活発であることの現れであるように思える。
対して歩道は、街の経済に直接影響しない。土地あたりの生産性という観点で言えば、歩道を削って車道や店舗、住居にしてしまうほうが合理的なようにも思える。
一旦道路ができてしまうとその脇にどんどん家や店舗が建っていってしまうので、ある程度経済が発展し車道や建物が整備されきってしまうと、車道・建物を削って歩道を広げる、ということは難しい。放っておけば自然に拡充されていく類のものではないだろう。
しかし街に住む人々は経済のみによって生きるのではない。
街の文化的活動のための建造物で言えば美術館や劇場なども想定できるが、そういった「特別な日」のための施設だけではなく、日々の生活の最も近くに位置する歩道のような建造物の豊かさは「日常の暮らしのちょっとした豊かさ」につながっているように感じられる。

歩道が広い街というのはつまり、日々の住民の暮らしを大切にしよう、市民を大切にしようという意思が宿った街と言えるのではないかと思う。

 

トラム(路面電車)の走るリンツ市は、メインストリートの一つが常設の歩行者天国のようになっており、車道と歩道の境が曖昧な状態になっている。
それはつまり、市民活動と経済活動、市民として暮らすことと労働者として暮らすことの境目が、良い意味で曖昧であることを象徴しているように思えた。

ごくわずかな私の街経験に基づく考えにすぎないが
「歩道の幅はその街の市民活動の豊かさを表し、車道の幅はその街の経済の豊かさを表す」という発想はあながち間違った考えではないのではないかと感じている。

 

豊かな歩道を持ったリンツという街に、私は恋せずにはいられない


 The theme music of this post:アイデア by 星野源